中原繭香の中国って、どんなとこ???

中原繭香 / 独立して働くことを考えるブロガー/ 会社員の傍ら、中国に関する情報提供をしている元中国専門添乗員の私【経歴】 学生時代に北京に短期留学 / 中国渡航歴46回 / 中国にご案内したお客様 のべ500名以上 / 中国34の行政区のうち、32の行政区に渡航 / 現在は、中国系ホテル勤務 / 一時病気により失職して、今も特殊な病気と闘いつつ、めげずにブログで情報発信/ 明るく楽しく生きることをモットーに、些細なことにも感じる様々な感情を表現します。

武夷山⭐️

しばらくぶりの更新です。

スミマセン。。。

 

ワードプレスで別のブログを作ったものの、使いこ

ハテナにリターン。

 

タイトルの武夷山は、懐かしい山です。

 

福建省にあります。が、写真見つかりませんでした。。。

それでも、このテーマにしたのは、

会社にあるカレンダーの写真が、今月武夷山だったから。

今後、行くことは多分ないだろうけど、素敵なところ。

ここは、お茶の産地として非常に有名なところです。

 

よかったら、ググってみてください。

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中国最古の灌漑施設都江堰@中国四川省

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おはようございます。

 

今日は、中国最古の灌漑施設について、ご紹介します。

ここは、中国四川省成近郊にある「都江堰」と呼ばれるところです。

パッと写真を見ると、ただの川の分岐点に見えるかもしれません。

でも、ここは、なんと2000年以上前の秦の時代に、人力で作られた灌漑施設で、今なお大切に使われている現役の灌漑施設です。

ここは、岷江と呼ばれる川にある施設です。

古代この岷江は度々氾濫し洪水を起こしていたとのことです。

そこで立ち上がったのが、李冰という役人です。

彼は、この灌漑施設を作ることで洪水を防げると考え、工事をすることにしました。

この工事には、多数の人々が駆り出されました。

それでも大工事だったため、多大な時間がかかり、完成したのは、李冰の息子、李二郎の時代でした。

 

結果として、岷江の洪水は落ち着き、人々から李親子は大変感謝されました。

 

その結果、彼ら李親子を祀る二王廟がすぐそばに作られました。

岷江の都江堰は今なお現役の灌漑施設で、岷江周辺の人々の生活を支えています。

古代の灌漑施設の跡が残っているというのは、それほど珍しいことではありませんが、今なお現役の施設というのは、大変珍しいとのことです。

この都江堰は青城山という信仰の山とともに、世界遺産に指定されています。

かなり規模の大きい施設です。

私はこれを見た時、どれだけの人力がかかり、またどれだけの犠牲を払ったのだろうかと想像し、何ともいえない気分になりました。中国ならではです。

もちろん、洪水を防ぎ続けているという点で、非常に価値の高い施設であることに違いありません。

それでも、こういうことができるのは、中国という国の大きさならではというか、古代の力ならでは、だと感じました。

 

地味な施設で、どういうものかわからないと、「これのどこがすごいの???」ということになりかねない施設です。

 とにかくすごい灌漑施設であるということを伝えたくて、添乗員時代は、一生懸命伝えてきました。

私の文章で伝わるかわかりませんが、こういうものが古代に人力で作られたという状況を少しでも想像して頂けたら嬉しいです。

 

 

毛沢東に感謝する中国人の姿 by 中国の農村の風景

こんにちは。

 

今回は、以前とあるイベントに登壇して話して、共感と驚きをもって受け止められた毛沢東の話をします。

 

私がこの話を聞いたのは、かれこれ5年前くらいのこと。

今は違うかもしれないことは、ご了承ください。

 

私は添乗員として、中国各地を転々する生活をしていました。

その頃の話です。

 

とある農村を訪れた時のこと。

都市部ではもはや見られない毛沢東の絵が飾られていました。

そして、彼ら農村の方々は、嬉しそうにその姿を見つめていました。

 

その時、私は感じ取りました。

 

「この方々は、本当に毛沢東に感謝している」と。

 

彼らが感謝しているのには、歴史的背景がありますので、簡単に説明します。

毛沢東は、私たち日本人にとって、文化大革命を起こした罪な人か謎なひとというイメージでしょうか?少なくとも私にとっては、そうでした。

しかし、彼は、農村の人々に助けられて、中国の表舞台に戻って来られました。

そのため、おおくの小作農の人々に、土地を分け与えました。

そうした農業革命を行なった結果、毛沢東に感謝し、共産党を支持する層が、生まれています。

 

毛沢東の絵を嬉しげに見る彼らの姿を見た時、私はそのことを思いました。

 

多くの人にとって、確かに毛沢東は悪人だったかもしれません。

しかし、一部の人にとっては、救いでした。

人は、一面からだけで、評価されるべきではありません。

多面性を持った生き物です。

いいことだけするわけでも、悪いことだけするわけでもありません。

 

そんなことをお伝えしたくで、この話を書きました。

ではまた。

華山という、険しい山

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この山は、華山と言います。

中国の陝西省にある華山という山です。

中国には五名山と呼ばれる山があり、その中の一つに数えられています。

この五名山というのは、中国の土着宗教の道教の聖地である、五つの山のことです。

私が言ったことがあるのは、五名山のうち、

この華山と嵩山の二つです。

嵩山のことは、また次回として、今回は華山です。

 

現在ではここ華山には、ロープウェイがあり、中腹あたりまで、行くことができます。

この写真では見られませんし、私自身実物を見たわけではありませんが、一部には、20cmほどの細い木道を歩く部分もあり、命がけと言われています。

もとよりここ華山は、道教仏教の修行の地であります。

今は、大部分を観光地としてみることができますが、当時の面影の一つとして、そうした木道があり、修行僧のほか、一部の観光客が通るようです。

 

というわけで、今回は華山についてでした。

次回は、嵩山について書きます。

 

 

マニ車って、なんだろう。

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こんばんは。

昨日載せた写真のマニ車について、紹介したいと思います。

 

マニ車とは、チベットの方々が、お祈りに使う道具の一つです。

このマニ車の中には、お経の本が収められていて、このマニ車を回すことにより、祈りを上げることと同様の意味を持つとされています。

マニ車には、写真のようにいくつも並んでいる大規模なものから、マニ車が一つで手に持てるほど小さいものまで各種あります。

いずれもチベット仏教では時計回りに回すものとされています。

写真のような並んでいるものは、私たち自身も時計回りに回りつつ、マニ車を回していきます。

寺院の中にあるものもありますが、私が見た限りでは、寺院の周囲に設置されているものも多くありました。

チベット族は、まだまだ識字率も低いこともあり、以前紹介したタルチョとともに、人々が読経することを助ける役目を果たしています。

もっとも、識字率が高い私たちも読経するのは難しいですが。

私は、タルチョやマニ車を見た時、なんて優しい心くばりだろうかと思ったものでした。

 

それではまた。

大好きな地、チベット

ようやく、チベットの写真が見つかりました。

これからは、大好きなチベットについて語ることができます。

お楽しみに。

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天門山風景区@武陵源

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こんばんは。

今日も武陵源から。

写真は武陵源の天門山のものです。

 

天門山という名前は、山の真ん中に丸い穴が空いてることに由来します。

山の山頂に近いところに、突如として、丸い穴が現れます。

その穴の姿が、天に向かうための門に見えることから、天門山と名付けられました。

 霧がかかっていて、写真では分かりにくいのですが。

 

ここに行くのが私は大変好きでしたが、その理由は、この景色ももちろんですが、世界一長いと言われていたロープウェイの影響です。

市街地から山の中腹までのロープウェイは、なんと農村の真上を比較的至近距離で飛びます。

そのため、農村の人々の様子がうかがえるのです。大変申し訳ないのですけども。

春ですと、農村の畑にはたくさんの菜の花が咲き乱れ、大変美しい景色を見ることができます。

その菜の花の景色が私は大好きでした。

あの景色、またみたいなと思ってしまいます。

 

それではまた。

 

 

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